量と質 分子


はじめに 分子の量と質 分子の波動関数
分子構造 内部座標 分子の形状と対称性
対称軌道と電子配置 分子のイオン化状態 メタンのイオン化状態
エチレンのイオン化状態 ベンゼンのイオン化状態 分子振動
調和振動子近似 振動モードと全対称振動 基底状態の全対称基準振動
イオン化状態の全対称基準振動 光電子スペクトル イオン化に伴う分子構造の変化
メタンの理論強度曲線 エチレンの理論強度曲線 ベンゼンの理論強度曲線
分子における量と質の相関

はじめに

エンゲルスの、『自然の弁証法』において、量と質の相関に関して、以下の記述が、見出されます。
「質的な変化はただ物質または運動(いわゆるエネルギー)の量的な加減によってのみ起こりうる」

量から質への転化に関して、その最も簡単な実例は、酸素とオゾンおいて、見出されます。
酸素分子とオゾンは、共に、酸素原子から構成されます。
分子式 O2 の酸素は、酸素原子の個数は、2個です。
分子式 O3 のオゾンは、酸素原子の個数は、3個です。
酸素分子とオゾンの相違は、酸素原子の個数の、量的な相違です。
他方、質な相違は、酸素分子は無臭であり、オゾンは匂いがあります。

運動あるいはエネルギーの形態変化として、熱を力学的運動に変化させる、蒸気機関があります。
また、摩擦火は、力学的運動が、熱に変化する、事例です。

運動(いわゆるエネルギー)の量的な加減による、質的な変化は、水の沸騰において、見出されます。
水は、標準気圧のもとでは、摂氏零度で液体状態から固体状態に、摂氏100度で液体状態から気体状態に、移行します。
この二つの転換点で、温度のたんなる量的変化が、水の状態の質的変化を、呼びおこします。
融点や沸点は、「量的な増減がある特定の結節点で質的飛躍を引きおこす」、結節点と呼ばれています。

『資本論』の「相対的剰余価値の生産」では、協業、分業とマニュファクチュア、機械と大工業の分野で、
量的変化が質を変化させ、質的変化が量を変化させる、無数の事例が、指摘されています。

しかし、質的変化が量を変化させる現象の例は、『自然の弁証法』には、見出されません。

『自然の弁証法』では、以下の記述が、見出されます。
「もしも質のあらゆる区別と変化とを量的な区別と変化とに帰着させうるものとすれば、われわれは必然的に次の命題に到達せざるをえない。すなわち、物質はすべて同一の最小粒子からなりたっていること、また物質をつくりあげている化学的諸元素のすべての質的区別は、これらの最小の粒子が集まって原子となるさいのそれら粒子の個数と場所的配置とのうえでの量的区別によって生じたものである、という命題がそれである。しかしわれわれはまだとてもそこまではいっていないのである。」
ここでは、量と質に関する命題が、最小の粒子との関連で、言及できる段階でないことが、表明されています。

『自然の弁証法』が執筆された1880年頃は、最小の粒子として、電子や陽子は、認識されていません。
現在は、電子と陽子が、原子や分子の化学的な性質に関与する、最小な粒子として、知られています。
原子中の電子の存在は、1902年以降に、認識されています。
シュレーディンガーは、1926年に、原子や分子の世界における、基礎的な方程式を、提唱しました。
ニールス・ボーアは、1913年に、水素原子のエネルギー準位を、理論的に、解明しました。
量子力学・量子化学は、シュレーディンガーの方程式を、原子や分子に適用する研究として、発展しています。
電子計算機の発展は、量子化学の手法を用いて、原子や分子の性質の、理論的な解明を、可能にしました。

筆者は、1990年代に、量子化学者として、分子の電子状態・分子構造・振動状態などの、研究を行いました。
研究の成果は、学術論文として、J.Chem.Phys. などに、掲載されています。

ここでは、研究の成果を考慮して、分子における量と質に関して、以下の課題を、検討します。
「質のあらゆる区別と変化とを量的な区別と変化とに帰着させうる」か、検討します。
最小の粒子としての、電子との関連で、量と質との命題に関して、検討します。



分子の量と質


分子は、複数の元素で、構成され、元素の組成比を表す、分子式で区別されます。
メタン, エチレン, ベンゼンは、いずれも、炭素と水素から、構成されます。
分子式 は、メタンが CH4、エチレンは C2H4、ベンゼンは C6H6 です。
分子の性質として、沸点は、メタンが -162 ℃、エチレンは -103.7 ℃、ベンゼンは 80.1℃ です。
分子式が異なれば、分子の性質が、異なります。

これらの分子の性質は、分子を構成する、炭素と水素の数に、相関します。
同一の性質をもった分子は、同一の分子式を、有しています。

しかし、同一の分子式を有する分子でも、異なった性質を示す分子が、見出されます。

n-ブタンとiso-ブタンは、いずれも、C4H10 の、分子式です。
しかし、沸点が異なり、n-ブタンが -0.5℃、iso-ブタンは -11.7 ℃ です。
沸点の相違は、下図に示す、分子構造( 分子の形状 )の相違に、帰着できます。
分子構造は、原子間相互の、結合状態を図示する、下図の構造式で、表示できます。
分子の結合状態の相違により、電子密度が異なり、分子間力が異なり、沸点の相違が生じます。
ここでは、沸点(量)の相違は、分子の結合状態(質)の相違に、起因します。
下図の、二つの分子は、構造異性体と、呼ばれています。
構造異性体は、結合の対をなす原子( C-C, C-H )に関して、組み合わせが、異なっています。

               構造異性体

n-ブタン


    iso-ブタン


シス-1,2-ジクロロエチレンとトランス-1,2-ジクロロエチレンの分子式は、C2H2Cl2です。
沸点は、シス-1,2-ジクロロエチレンが 60.3℃、トランス-1,2-ジクロロエチレンは 47.5 ℃ と、異なります。
この二つの分子は、下図の構造式で示される、シス型とトランス型の、幾何異性体です。
二つの分子は、結合の対をなす原子に関して、同一の組み合わせです。
同一の平面上の C-Cl 結合に着目すると、シス型は同じ方向に、トランス型は反対方向に、位置しています。
ここでは、沸点の相違は、分子構造の幾何学的な相違に、起因します。

              幾何異性体

シス-1,2-ジクロロエチレン


トランス-1,2-ジクロロエチレン

アラニンは、分子式が C3H7NO2 、構造式は下図です。
アラニンは、生体を構成するタンパク質の、アミノ酸として、知られています。
アミノ酸は、光学的な性質が異なる、L体とD体の二種類が、知られています。
L体とD体のアミノ酸は、直線偏光に対する、旋光性が異なります。
この相違は、下図に示す、-NH2 などの官能基の立体配置の相違に、起因します。
これらの立体配置は、互いに鏡像の関係にあり、光学異性体(鏡像異性体)と、呼ばれています。

光学異性体

アラニン(アミノ酸)


物質の性質の違いは、酸素やオゾンのように、分子式( O2, O3 )の相違に、関連します。
しかし、ジクロロエチレンのように、同一の分子式を有する物質では、分子の様々な構造式と、関連します。

メタン, チレン, ベンゼンは、下図の構造式を有し、上記のいずれの異性体も、存在しません。


メタン


エチレン

ベンゼン
しかし、これらの分子の研究の進展は、各々、異なった性質の分子の存在を、示唆しています。
ここでは、これらの分子を対象に、分子に関する、量と質の相関を、検討します。

分子の波動関数


分子は、複数の陽子と、複数の電子から、構成されます。
原子がお互いに接近し、原子間の化学結合を生じ、分子を、形成します。
化学結合に関与する電子は、価電子( valence electron )と呼ばれ、最外殻の電子軌道が、関与します。

分子でも、質(波動関数)と量(エネルギー)の関係が、シュレーディンガー方程式より、解明できます。
   HΨ=EΨ  H:ハミルトニアン  Ψ:波動関数  E:エネルギー
ハミルトニアンHは、ポテンシャルエネルギーと運動エネルギーに関する、演算子です。
ハミルトニアンを通して、各々の原子核の位置・質量・陽子数が、波動関数とエネルギーに、反映します。

複数の陽子と電子で構成される系では、厳密なシュレーディンガー方程式の解を得ることは、不可能です。
しかし、ボルン-オッペンハイマー近似を用いると、分子に関する、初歩的な認識が、可能になります。
さらに、現在では、種々の近似法が、開発され、電子計算機を利用して、分子の解明が、試みられています。

ボルン-オッペンハイマー近似では、分子の運動は、電子の運動と原子核の運動に、分離します。
分子の波動関数は、電子の波動関数・振動の波動関数・回転の波動関数に、分離できます。
分子のエネルギーは、電子のエネルギー・振動のエネルギー・回転のエネルギーの和で、近似できます。
電子の運動は、電子の波動関数で表現され、その固有エネルギーは、可視光線からX線の領域に、相当します。
原子核の振動は、振動の波動関数で表現され、その固有エネルギーは、赤外線の領域に、相当します。
分子の回転運動は、回転の波動関数で表現され、その固有エネルギーは、マイクロ波の領域に、相当します。

電子の波動関数は、分子軌道・MO ( Molecular Orbital ) を用いた、電子配置によって、記述されます。

分子軌道は、s, p, d 軌道などの原子軌道の線形結合を用いて、記述されます。
この方法は、LCAO MO ( Linear Combination of Atomic Orbitals MO ) 法と、呼ばれています。
線形結合の係数は、ハートリーフォック ( HF ) の SCF ( Self-Consistent Field ) 法を用いて、決定されます。

電子配置は、様々な分子軌道に対し、電子を配列することによって、得れます。
基底状態は、最もエネルギーが低い電子配置に、対応します。

HFSCF法より精度の高い、波動関数は、CI法( configuration interaction method )によって、得れます。
CI法の波動関数は、複数個の電子配置の線形結合として、記述されます。


分子構造


分子は、複数の原子核で構成され、様々な原子核の空間配置・分子構造を、有します。
様々な分子構造は、核間距離や結合角など、分子の内部座標で、記述されます。
電子の波動関数(質)より、様々な原子核の配置に対応した、電子の固有エネルギー(量)が、求まります。
電子の固有エネルギーより、分子の内部座標に対応する、ポテンシャルエネルギーの曲面(質)が、得れます。
ポテンシャルエネルギーの曲面には、エネルギーの極小値(量)が、見いだせます。
エネルギーの極小値は、分子構造の量( 結合距離や結合角 )や質(形状)を、与えます。

下図は、最も簡単な分子である、水素分子 H2 に関し、核間距離に対応する、ポテンシャルエネルギーです。



核間距離が大きな領域では、水素分子が、二個の水素原子に、解離しています。
水素原子が接近すると、ポテンシャルエネルギーが、減少し、水素分子を、形成します。
ポテンシャルエネルギーの極小値の核間距離が、水素分子の結合距離・平衡核間距離(Re)です。
水素分子の平衡核間距離は、0.74 Å ( 10-8 cm )です。
平衡核間距離(量)は、ポテンシャルエネルギーの形状(質)と、関連します。

水素分子の解離状態と、平衡核間距離との、ポテンシャルエネルギーの差が、水素分子の、結合エネルギーです。
水素分子の結合エネルギーは、4.74 eV ( electron volt, 電子ボルト) です。
核間距離が 0.8*Re と 1.5*Re では、ポテンシャルエネルギーが、結合エネルギーの、1/2 になります。
核間距離が、平衡核間距離の 2.5 倍以上伸びると、水素分子は 2 個の水素原子に、解離した状態になっています。


内部座標


原子核の空間配置は、分子構造によって、表現出来ます。
分子構造は、内部座標の数値(量)と、分子の形状や対称性(質)により、表現できます。
内部座標は、核間の結合距離や結合角などを用いて、核間の相対的な位置関係を、表現します。
2 原子分子 A-B の内部座標は、結合距離 A-B です。
3 原子分子 A-B-C の内部座標は、結合距離 A-B, B-C と、結合角 A-B-C です。
N 個の原子の分子は、N番目の原子の内部座標には、他の原子との結合距離や結合角など、3種類が必要です。

内部座標の数は、2 原子分子は 1 個、3 原子分子は 3 個です。
4 原子分子の内部座標は、3 原子分子より 3 個増加して、6 個です。
5 原子のメタン CH4 は9個、6原子のエチレン C2H4 は 12 個、12 原子のベンゼン C6H6 は 30 個です。
一般に、N 原子分子の内部座標の数は、3Nー6 個です。

3Nー6 個の内部座標に関するポテンシャル面は、HFSCF法を用いて、計算が可能です。
各内部座標に関するポテンシャル面の極小値は、分子の基底状態の分子構造である、最適化構造に対応します。
分子構造の最適化では、勾配法 ( Gradient method ) を用いて、ポテンシャル面の極小値を、検索します。

ポテンシャル面の分子の形状は、電子の波動関数に、依存します。
電子の波動関数は、それの記述に用いられる、分子軌道や電子配置に、依存します。
分子軌道は、その記述に用いられる、原子軌道に、依存します。
分子の形状は、化学結合に関与する、価電子軌道の方向性(方位)に、関連します。
価電子軌道は、H 原子は 1S 原子軌道、C, O では 2S, 2Pp 原子軌道が、関与します。

二原子分子である水素分子 H2 の内部座標は、H-H の結合距離です。
三原子分子である水分子 H2O の内部座標は、O-H の結合距離と、H-O-H の結合角です。
多原子分子のメタン CH4 の内部座標は、C-H の結合距離と、H-C-H の結合角です。
エチレン C2H4 の内部座標は、C-H, C-C などの結合距離と、H-C-H, H-C-C などの結合角です。
ベンゼン C6H6 の内部座標は、C-H, C-C などの結合距離と、H-C-H, H-C-C, C-C-C などの結合角です。

分子の形状と対称性


分子構造には、分子の形状や対称性など、質的な側面があります。

メタンの形状は、正四面体の中心に炭素が位置し、四つの頂点に水素が位置します。
或いは、立方体の中心に炭素が位置し、六面の対角線上に、四つの水素が位置します。
     

エチレンの形状は、平面の形状を持ち、六個の原子核が、同一平面上に位置します。
ベンゼンの形状は、六個の炭素原子が正六角形・6 員環の骨格をとり、六個の水素原子も六角形の形状です。
     

エチレンの形状は、C-C 軸の周りに、180度の回転操作( C2 )を施しても、変化しません。
C2 の様な対称操作は、それ以外に、120度の回転 ( C3 )、60度の回転 ( C6 )、があります。
さらに、対称操作として、反転操作 ( i ) や、鏡映操作 ( σh, σv, σd ) 、回映軸操作 ( s4 ) などが、あります。

分子構造の形状は、対称操作の有無に応じて、質的な区別が、可能です。
下表は、Td, C3v, C2v , D2d , D2h, D6h 対称性に関する、対称操作の有無です。

名称 対称操作
TdE 8C3 3C2 6S4 6sd
C3vE 2C3 3σv
C2vE C2 sv sv'
D2dE 2S4 C2 2C2' 2sd
D2hE C2(z) C2(y) C2(x) i s(xy) s(xz) s(yz)
D6hE 2C6 2C62 C2 3C2' 3C2" i 2S3 2S6 sh 3sd 3sv


なお、何らの対称操作がない分子は、C1 です。
メタン CH4 の対称性は Td、エチレン C2H4 は D2h、ベンゼン C6H6 は D6h、です。
下図は、メタン CH4、エチレン C2H4、ベンゼン C6H6 の、分子の形状と、対称操作の一部を、示しています。


メタン CH4
エチレン C2H4
ベンゼン C6H6


対称性を有する分子は、分子構造の表現に必要な内部座標の数は、3Nー6 個より減少します。
分子構造の表現に必要な内部座標を、全対象内部座標と、呼びます。

Td 対称性のメタンは、四つの C-H 結合距離が等しく、H-C-H の結合角は109.47°に固定されます。
従って、C-H 結合距離を全対象内部座標とすることで、分子構造が表現できます。

D2h 対称性のエチレンは、四つの C-H 結合距離が等しく、四つの H-C-C 結合角が等しくなります。
従って、全対象内部座標は、C-C 結合距離, C-H 結合距離, H-C-C 結合角の、3 種類です。

D6h 対称性のベンゼンは、六つの C-H 結合距離が等しく、六つの C-C 結合距離が等しくなります。
六つの H-C-C 結合角と、六つの C-C-C 結合角は、共に120° に固定されます。
従って、全対象内部座標は、C-C 結合距離, C-H 結合距離の、2 種類です。

対称性を有する基底状態の分子構造は、全対象内部座標に関するポテンシャル面に、依存します。
この場合、分子構造の最適化構造に必要な内部座標の数が、3Nー6 個より減少します。
メタンは 9 個が 1 個に、エチレンは 12 個が 3 個、ベンゼンは 30 個が 2 個に、減少します。

全対象内部座標
分子分子式対称性全対象内部座標
メタンCH4Td C-H
エチレンC2H4D2h C=C  C-H  ∠C-C-H
ベンゼンC6H6D6h C-C  C-H 





対称軌道と電子配置


分子の対称性を考慮した分子軌道は、対称軌道 ( Symmetry Oribital ) と、呼ばれています。
Td 対称性のメタン CH4 は、a1, t2 の、各対称軌道です。
D2h 対称性のエチレン C2H4 は、b1u, b3u, ag, b2g, b2u の、各対称軌道です。
D6h 対称性のベンゼン C6H6 は、 a1g, b1u, b2u, e1u, a2u, e2g, e1g の、各対称軌道です。
なお、分子の対称性と対称軌道との関係は、数学の群論・点群の指標表 ( character table ) から、分かります。

TdE8C33C26S46sd
a111111
a2111-1-1
e2-1200
t130-11-1
t230-1-11


D2hEC2(z)C2(y)C2(x)is(xy)s(xz)s(yz)
ag11111111
au1111-1-1-1-1
b1g11-1-111-1-1
b1u11-1-1-1-111
b2g1-11-11-11-1
b2u1-11-1-11-11
b3g1-1-111-1-11
b3u1-1-11-111-1


対称軌道には、量的な側面と、質的な側面の、二面があります。
量的な側面として、各対称軌道は、軌道エネルギーを持ちます。
また、異なった軌道エネルギーの対称軌道は、1a1, 2a1, 3a1, ・・・のように、自然数を付加し、表現します。
数値が小さい方の対称軌道は、より低い、軌道エネルギーを持ちます。

質的な側面として、各対称軌道は、形状があります。
a1, t2 の様に、対称軌道の名称は、対称軌道の質を、表現します。
対称軌道の性質は、原子軌道の線形結合に、依存します。
a1 軌道は、1s や2s 原子軌道が関与し、全対象の対称性を、有します。
t2 軌道は、2p 原子軌道が関与し、方向性を有し、分子のTd 対称性に、関与します。

軌道エネルギーが低い対称軌道には、内殻の原子軌道は、関与します。
軌道エネルギーが高い対称軌道には、最外殻の原子軌道が、関与します。
この対称軌道は、原子間の化学結合に関与し、価電子軌道 ( Valence Oribital ) と、呼ばれています。
対称軌道の形状は、電子密度の分布として、可視化が可能です。
下図は、エチレンと同様に、平面分子である C2Cl4 の、4b2g, 4b3u 価電子軌道の、電子密度の図です。


電子の波動関数は、対称軌道を用いた電子配置により、表現されます。
各対称軌道を占有できる最大の電子数は、t2 が 6 、e1u, e2g, e1g が各々 4 、その他は 2 です。
電子配置では、軌道エネルギーの低い対称軌道から、電子が占有していく様子を、表現します。
例えば、メタン CH4 の10個の電子は、(1a1)2・(2a1)2・(1t2)6 の、電子配置です。



下表に、 メタン, エチレン, ベンゼンの基底状態に関し、価電子軌道の電子配置を、示します。
分子分子式対称性電子配置
メタンCH4Td・・・(2a1)2・(1t2)6
エチレンC2H4D2h・・・(2b1u)2・(1b3u)2・(3ag)2・(1b2g)2・(1b2u)2
ベンゼンC6H6D6h・・・(3a1g)2・(2b1u)2・(1b2u)2・(3e1u)4・(1a2u)2・(3e2g)4・(1e1g)4


下表は、 メタン, エチレン, ベンゼンに関し、HFSCF法で得られた、基底状態の、分子構造です。
分子分子式対称性分子構造
メタンCH4Td C-H 結合:1.09Å
エチレンC2H4D2h C-C 結合:1.32Å C-H 結合:1.08Å ∠C-C-H:121.7°
ベンゼンC6H6D6h C-C 結合:1.34Å C-H 結合:1.08Å 

なお、分子構造の対称性より、メタンの ∠H-C-H は104.5°、ベンゼンの ∠C-C-H は120.0°です。


分子のイオン化状態


様々な電子配置の中で、最もエネルギーが低い状態が、基底状態です。
原子の場合、基底状態の電子配置は、H が1s1、C は1s22s22P2、です。

基底状態とは異なる、電子配置が、存在します。
H は、2s1, 2p1, 3s1,・・・、等です。
C は、1s22s22P13s1, 1s22s22P13p1, 1s22s12P23s1, ・・・、等です。
これらの電子配置の電子状態は、励起状態と、呼ばれています。

分子の場合も、様々な励起状態が、存在します。
分子の電子配置は、分子軌道・対称軌道を用いて、記述されます。
分子軌道は、分子を構成する原子の、原子軌道を用いて、記述されます。
従って、電子配置として、H の 2s,2p,3s,・・・、C の 3s,3p,4s,・・・が、関与する電子状態が、存在します。

励起状態の電子数は、基底状態の電子数と、同じです。
しかし、基底状態の電子数とは異なる、電子状態が、存在します。
例えば、10 電子のメタンの基底状態から、電子が 1 個少ない、電子状態です。
電子配置は、(1a1)2・(2a1)2・(1t2)5や、(1a1)2・(2a1)1・(1t2)6、等です。
これらの状態は、イオン化状態と、呼ばれています。
分子式は、CH4 から、 CH4+ に、変化します。

ここでは、メタン, エチレン, ベンゼンのイオン化状態に関し、電子配置や分子構造を、検討します。

メタンのイオン化状態

メタンイオン CH4+ は、メタン分子から、1個の電子が放出されると、形成されます。
メタンイオン CH4+ の電子状態は、どの対称軌道から、電子が放出されるかに、依存します。
例えば、Td 対称性では、・・・(2a1)2・(1t2)5や、・・・(2a1)1・(1t2)6、等の電子配置です。

メタンイオンの分子構造は、メタンイオンの電子状態のポテンシャル面に、依存します。
対称軌道 t2 からの電子の放出では、ヤーンテラー効果が生じることが、知られています。
ヤーンテラー効果では、Td 対称性より低い対称性の分子構造に、ポテンシャル面の極小値が、見出せます。
Td 対称性より低い対称性は、C2v, C3v, D2d の、対称性です。
より低い対称性の分子構造では、Td 対称性の対称操作の一部が欠如し、対称操作の個数が、減少します。

C2v, C3v, D2d 対称性の形状を、図示します。


分子構造の対称性の変化に伴い、全対称内部座標が、変化します。

対称性全対称内部座標個数
C2v C-H1 (C-H2)  C-H3 (C-H4) 
∠H1-C-H2  ∠H3-C-H4
4
C3v C-H1  C-H2 (C-H3 C-H4) 
∠H1-C-H2 (∠H1-C-H3 ∠H1-C-H4 ) 
3
D2d C-H1 (C-H2 C-H3 C-H4 )   
∠H1-C-H2 (∠H3-C-H4)
2

(  )内は、等価な内部座標です。

下表に、C2v, C3v, D2d 対称性のもとでの、対称軌道と電子配置を、示します。
また、電子状態の名称が、点群の指標表における、既約表現を表す記号、B1, A1, B2 を用いて、表現できます。
さらに、ダブレット( doublet )のスピン状態を、2B1 のように、左側の上付き数値 2 で、表示します。

対称性電子状態電子配置
C2v2B1 ・・・(2a1)2・(3a1)2・(1b1)1・(1b2)2
C3v2A1 ・・・(2a1)2・(3a1)1・(1e)4
D2d2B2 ・・・(2a1)2・(1b2)1・(1e)4


上記の対称性・電子状態・電子配置のもとで、HFSCF法を用いて、電子の波動関数が、得れます。
さらに、勾配法で、全対称内部座標のポテンシャル面の極小値から、イオン化状態の分子構造が、得れます。
イオン化状態の量的な側面として、基底状態とのエネルギー差が、あります。
両状態間の、ポテンシャル面の極小値のエネルギー差は、断熱イオン化エネルギー ( AIE ) と、呼ばれています。

下表は、C3v, C2v, D2d の低い対称性のもとでの、 CH4+ の、AIE ( 単位:eV ) と分子構造です。
対称性電子状態AIE ( eV )分子構造
C2v2B111.76 C-H1:1.18Å C-H4:1.08Å 
∠H1-C-H2:56.9°  ∠H3-C-H4:124.3°
C3v2A112.08 C-H1:1.42Å C-H4:1.09Å 
∠H1-C-H2:95.5° 
D2d2B212.01 C-H1:1.13Å C-H4:1.13Å 
∠H1-C-H2:140.9° 
基底状態: C-H1:1.09Å ∠H1-C-H2:104.5°



エチレンのイオン化状態

エチレンの基底状態は、・・・(2b1u)2・(1b3u)2・(3ag)2・(1b2g)2・(1b2u)2 の、電子配置です。
基底状態から、1個の電子が放出されると、エチレンイオン C2H4+ が、形成されます。

C2H4+ は、価電子軌道からの電子の放出により、D2h の対称性のもとで、以下の電子配置を、有します。
電子状態電子配置
2B3u ・・・(2b1u)2・(1b2u)2・(3ag)2・(1b3g)2・(1b3u)1
2B3g ・・・(2b1u)2・(1b2u)2・(3ag)2・(1b3g)1・(1b3u)2
2Ag ・・・(2b1u)2・(1b2u)2・(3ag)1・(1b3g)2・(1b3u)2
2B2u ・・・(2b1u)2・(1b2u)1・(3ag)2・(1b3g)2・(1b3u)2
2B1u ・・・(2b1u)1・(1b2u)2・(3ag)2・(1b3g)2・(1b3u)2


HFSCF法により、D2h の対称性のもとで、分子構造の最適化と、イオン化エネルギーの計算を、行いました。
C2H4+ の、イオン化エネルギー ( AIE ) と分子構造を、示します。
電子状態AIE ( eV )分子構造
2B3u8.84 C-C:1.40Å C-H:1.09Å ∠C-C-H:120.7°
2B3g12.47 C-C:1.26Å C-H:1.14Å ∠C-C-H:129.7°
2Ag13.54 C-C:1.43Å C-H:1.09Å ∠C-C-H:109.7°
2B2u16.09 C-C:1.34Å C-H:1.14Å ∠C-C-H:130.1°
2B1u20.15 C-C:1.28Å C-H:1.16Å ∠C-C-H:116.6°

基底状態: C-C:1.32Å C-H:1.08Å ∠C-C-H:121.7°



ベンゼンのイオン化状態

ベンゼンの基底状態は、D6h 対称性の分子構造を、有します。
基底状態の電子配置は、・・・(3e1u)4・(1a2u)2・(3e2g)4・(1e1g)4 です。
対称軌道 e1u, e2g, e1g からの電子の放出では、ヤーンテラー効果が、生じます。
従って、ポテンシャル面の検討には、D6h より対称性低い、D2h 対称性の分子構造を、考慮します。
D2h 対称性では、D6h 対称性が有する、6 回回転軸( C6 )が、欠如します。
D2h 低対称性では、全対称内部座標の個数は、6 個です。  

D2h 対称性の分子構造全対称内部座標
  C1-C2  ( C1-C6 C4-C3 C4-C5 )
C2-C3  ( C6-C5 )
C1-H  ( C4-H )
C2-H  ( C6-H C3-H C5-H )

∠C6-C1-C2  ( ∠C5-C4-C3)
∠C3-C2-H ( ∠C2-C3-H  ∠C6-C5-H  ∠C5-C6-H )

(  )内は、等価な内部座標です。

下表は、D2h の低対称性のもとでの、 C6H6+ の、電子配置です。
電子状態電子配置
2B2g ・・・(5b2u)2・(4b3u)2・(1b1u)2・(6ag)2・(3b1g)2・(1b2g)1・(1b3g)2
2B3g ・・・(5b2u)2・(4b3u)2・(1b1u)2・(6ag)2・(3b1g)2・(1b2g)2・(1b3g)1
2Ag ・・・(5b2u)2・(4b3u)2・(1b1u)2・(6ag)1・(3b1g)2・(1b2g)2・(1b3g)2
2B1g ・・・(5b2u)2・(4b3u)2・(1b1u)2・(6ag)2・(3b1g)1・(1b2g)2・(1b3g)2
2B1u ・・・(5b2u)2・(4b3u)2・(1b1u)1・(6ag)2・(3b1g)2・(1b2g)2・(1b3g)2
2B3u ・・・(5b2u)2・(4b3u)1・(1b1u)2・(6ag)2・(3b1g)2・(1b2g)2・(1b3g)2
2B2u ・・・(5b2u)1・(4b3u)2・(1b1u)2・(6ag)2・(3b1g)2・(1b2g)2・(1b3g)2


下表は、D2h の対称性での、 C6H6+ の、AIEと分子構造です。
電子状態AIE ( eV )分子構造
2B2g8.08 C1-C2:1.43Å C2-C3:1.36Å
C1-H:1.08Å C2-H:1.08Å
∠C6-C1-C2:121.8° ∠C3-C2-H:121.6° 
2B3g8.30 C1-C2:1.38Å C2-C3:1.45Å
C1-H:1.08Å C2-H:1.08Å
∠C6-C1-C2:118.1° ∠C3-C2-H:118.4° 
2Ag12.69 C1-C2:1.36Å C2-C3:1.44Å
C1-H:1.12Å C2-H:1.08Å
∠C6-C1-C2:127.8° ∠C3-C2-H:116.5° 
2B1g12.69 C1-C2:1.41Å C2-C3:1.34Å
C1-H:1.08Å C2-H:1.11Å
∠C6-C1-C2:112.3° ∠C3-C2-H:123.7° 
2B1u12.90 C1-C2:1.42Å C2-C3:1.42Å
C1-H:1.08Å C2-H:1.08Å
∠C6-C1-C2:120.0° ∠C3-C2-H:120.0° 
2B3u15.14 C1-C2:1.40Å C2-C3:1.37Å
C1-H:1.17Å C2-H:1.08Å
∠C6-C1-C2:132.8° ∠C3-C2-H:125.4° 
2B2u15.18 C1-C2:1.37Å C2-C3:1.47Å
C1-H:1.08Å C2-H:1.10Å
∠C6-C1-C2:113.2° ∠C3-C2-H:110.6° 


      原子の番号付け
  


基底状態: C-C 結合:1.34Å C-H 結合:1.08Å
なお、2B1u の分子構造は、6 員環の骨格であり、対称性は D6h です。



分子振動


分子の振動状態は、分子中の原子核の運動に対応し、ポテンシャル面の形状と、原子核の質量に、依存します。
ポテンシャル面に拘束された、原子核の運動は、振動の波動関数によって、表現されます。

一般的なポテンシャル面に関する、厳密な振動の波動関数は、求めることが、容易ではありません。
厳密な振動の波動関数は、ポテンシャル面を、二次関数で近似すると、求めることができます。
そのような波動関数の、算出方法は、調和振動子近似と、呼ばれています。



調和振動子近似

調和振動子近似を用いると、分子振動に関する、基礎的な理解を得ることが、可能です。
調和振動子近似は、格間距離に関する、ポテンシャル面 V(r) を、以下の式で、表示します。
V(r) = 1/2*k*(r-re)2 = 1/2*k*Δr2
ポテンシャル面が上式の場合、厳密なシュレーディンガー方程式の解が、得られます。

シュレーディンガー方程式の解には、量(エネルギー)と質(波動関数)の両面が、存在します。
振動のエネルギー順位 En は、次の式で、表せます。
En = (n+ 1/2)hν 
n は、0, 1, 2, 3, ・・・の値を取る、量子数です。
h は、プランク定数です。ν ( ギリシャ文字・ニュー ) は、振動数です。
振動のエネルギー順位は、等間隔であり、そのエネルギー差は、hν になります。

振動数 ν は、ポテンシャル面に関する力の定数 k 、換算質量 μ と、以下の式で、関連付けられます。
 nν = √(k/μ) / 2π
振動数 ν は、ポテンシャル面の勾配が急なほど、即ち力の定数 k が大きなほど、大きな値を取ります。
力の定数 k が 2 倍になると、振動数は、√(2) = 1.41 倍になります。
振動数 ν は、原子量の大きな原子なほど、即ち換算質量 μ が大きなほど、小さな値を取ります。
換算質量 μ が 4 倍になると、振動数は、1/2 倍になります。

調和振動子の波動関数 ψn は、エルミート多項式を用いて、 表現できます。
下図は、振動の量子数 n に対応する、波動関数 ψn(R) を、核間距離・R の関数として、表示しています。



n=0 のとき、原子核の運動は停止しているのでなく、ゼロ点振動と呼ばれる、一定の運動をしています。
量子数 n が大きくなると、原子核の運動の領域が、拡大します。
量子数 n は、波動関数 ψ の値の符号が、変化する地点(節・ノード)の数に、一致します。
例えば、 n=0 はノード数が 0、 n=1 はノード数が 1、 n=5 はノード数が 5 が、図より読み取れます。

調和振動子近似は、モースポテンシャル面との比較から分かるように、量子数が大きな領域では、不適切です。
モースポテンシャル面は、核間距離が大きくなり、分子が解離して原子に変化する過程を、表現しています。
他方、調和振動子近似では、分子が解離していくポテンシャル面を、表現できません。
モースポテンシャル面を用いたシュレーディンガー方程式の解は、調和振動子近似のそれとは、異なります。
振動のエネルギー間隔は、等間隔ではなくなり、高いエネルギー領域になるほど、間隔は狭くなります。
振動のエネルギー順位は、量子数nに因りますが、En = (n+ 1/2)hν の式は、成立しません。
振動の波動関数は、エルミート多項式を用いた図とは、異なります。
しかし、振動の波動関数のノードの数は、量子数 n に、一致します。

振動モードと全対称振動

分子振動に関して、内部座標が2個以上の場合に関して、検討します。
水 H2O や硫化水素 H2S など、 三原子分子のポテンシャル面は、3個の内部座標によって、記述されます。

下図に、H2S のイオン化状態 2A1 に関するポテンシャル面と振動の波動関数を、表示します。


ポテンシャル面は、全対称内部座標に関して、CI法により電子の波動関数を求め、作成しています。
上図は、H-S-H の角度に関して、80° → 180° → 280° の変化に伴うポテンシャル面を、含んでいます。
このポテンシャル面は、調和振動子では、近似できず、スプライン曲線で、近似しています。
振動の波動関数は、シュレーディンガー方程式を基礎とした、分子振動の運動方程式により、得ています。
しかし、この方法は、内部座標の数が増加するすると、取り扱いが、困難になります。

次に、ポテンシャル面を、調和振動子近似した場合に関して、検討します。
下図に、二つの内部座標に関して、ポテンシャル面の形状を、図示します。


    V = x2 + xy + y2           V = 3/2*Q12 + 1/2*Q22

上記のポテンシャル面は、同一の形状を、有しています。
左図は、内部座標 x , y を用いて、V = x2 + xy + y2 の式で、表現できます。
右図は、内部座標 Q1, Q2 を用いて、V = 3/2*Q12 + 1/2*Q22 の式で、表現できます。
上記の二つの式は、Q1 = (x+y)/√(2) , Q2 = (x-y)/√(2) を用いると、一致することが、分かります。
V = 3/2*Q12 + 1/2*Q22 = 3/4*(x+y)2 + 1/4*(x-y)2 = x2 + xy + y2
なお、Q1 , Q2 は、座標軸 x, y の回転によって、表現できます。

Q1, Q2 を用いると、ポテンシャル面は、調和振動子 V = 1/2*k1*Q12 + 1/2*k2*Q22 で、近似できます。
ここで、Q1, Q2 は、基準座標と、呼ばれて、内部座標の線形結合として、表現できます。
基準座標を用いると、ポテンシャル面は、調和振動子の和としで、近似できます。
基準座標の数は、内部座標の数に、一致します。

H2S の様な、三原子分子 AB2 では、全対称内部座標として、距離 A-B と ∠B-A-B の、二つを用います。
内部座標を、x と y として、以下の式で表現できる、三種類のポテンシャル面を、検討します。
(1) V = 2*x2 + y2
(2) V = 2*x2 + y2 + 0.5*x*y
(3) V = 2*x2 + y2 + x*y
(1) 式は、x と y の交差項 x*y がなく、(2) 式は、交差項の係数が、0.5 、(3) 式は、交差項の係数が、1 です。
下図に、各々のポテンシャル面と、基準座標と内部座標の関係式を、示します。
さらに、 基準座標を用いた、ポテンシャル面の式を、示します。

V = 2*x2 + y2

Q1 = x
Q2 = y
V = 2*Q12 + Q22
V = 2*x2 + y2 + 0.5*x*y

Q1 = 0.973*x + 0.230*y
Q2 = -0.230*x + 0.973*y
V = 2.059*Q12 + 0.941*Q22
V = 2*x2 + y2 + x*y

Q1 = 0.924*x + 0.383*y
Q2 = -0.383*x + 0.924*y
V = 2.207*Q12 + 0.793*Q22


基準座標は、交差項がないポテンシャル面では、Q1 = x 、Q2 = y に、なります。
交差項があると、基準座標は、Q1 に y が、Q2 x が、含まれてきます。
基準振動は、交差項がないポテンシャル面では、距離 A-B の伸縮振動と 、∠B-A-B の変角振動に、なります。
交差項があると、基準振動には、伸縮振動と変角振動の、coupling(連結)が、見出されます。

振動の波動関数は、個々の基準座標毎に、調和振動子近似で、基準振動として、表現できます。
振動状態は、振動の量子数 n1, n2 を用いて、(n1, n2) で、指定できます。
また、振動の全波動関数は、基準振動の重ね合わせで、表現できます。

振動のエネルギー値は、基準座標毎に、E1 = (1/2 + n1)hν1 , E2 =(1/2 + n2)hν2 で、表現できます。
ν1, ν2 は、基準振動数と、呼ばれています。
振動状態 (n1, n2) の全エネルギー値は、、E1 = (1/2 + n1)hν1 +(1/2 + n2)hν2 に、なります。
基準振動数の観測値は、赤外線吸収スペクトルより、求まります。



基準振動の波動関数は、エルミート多項式を用いて、表現できます。
その形状は、先に図示した、二原子分子の場合と、同じです。
また、振動に伴う分子構造の変化を、振動モードとして、表現できます。
3原子分子の振動モードの近似的な形は、下図のように、表示できます。

  全対称伸縮振動 (A1)    全対称変角振動 (A1)   逆対称伸縮振動 (B1)


振動に伴う分子構造の変化の様子は、伸縮振動や変角振動のように、振動モードの名称に、付加されています。
分子が対称性を有する場合、振動モードは、分子の対称性を、反映しています。
振動モードの名称に、点群の指標表における、既約表現を表す記号を、A1, B1 のように、用います。
A1 モードは、全対称振動と呼ばれ、振動に伴う分子構造の変化において、分子の対称性が保持されます。
振動モードの数は、基準振動の数、基準座標の数、内部座標の数に、一致します。
全対称振動の振動モードの数は、全対称内部座標の数に、一致します。
全対称内部座標の線形結合で、全対称基準座標が、表現できます。


基底状態の全対称基準振動の振動モードと振動数

基底状態のメタン, エチレン, ベンゼンに関し、全対称基準振動の近似的な振動モードの形を、図示します。
さらに、振動数 ( cm-1 ) に関し、計算値と観測値を、示します。

メタン CH4
  C-H 伸縮振動

  計算値:3167
  観測値:2915


エチレン C2H4
    C-H 伸縮        C-C 伸縮         H-C-H 変角

   3292 cm-1        1818 cm-1        1478 cm-1
   3026 cm-1        1623 cm-1        1342 cm-1

  C-H 伸縮振動

  計算値:3292
  観測値:3026
  C-C 伸縮振動

  計算値:1818
  観測値:1623
  H-C-H 変角振動

  計算値:1478
  観測値:1342


ベンゼン C6H6
   C-H 伸縮振動

    計算値:3369
    観測値:3073
   骨格平面振動

    計算値:1079
    観測値:995




イオン化状態の全対称基準振動の振動モードと振動数 ( cm-1 )

イオン化状態のメタン, エチレン, ベンゼンに関し、全対称基準振動の近似的な振動モードの形を、図示します。
さらに、振動数 ( cm-1 ) に関し、計算値を、示します。

メタン CH4+
C3v 対称性の分子構造
C-H 伸縮振動

3186
C-H 伸縮振動

1399
H-C-H 変角振動
1230


C2v 対称性の分子構造
C-H 伸縮振動

3328
C-H 伸縮振動

2733
H-C-H 変角振動

1651
H-C-H 変角振動

1213


エチレン C2H4+

D2h 対称性の分子構造

  C-H 伸縮振動

電子状態振動数
2B3u3292
2B3g3039
2Ag3174
2B2u2944
2B1u2755
  C-C 伸縮振動

電子状態振動数
2B3u1358
2B3g1922
2Ag1199
2B2u1706
2B1u1967
  H-C-H 変角振動

電子状態振動数
2B3u1694
2B3g1222
2Ag1579
2B2u1404
2B1u1367


       2B3u状態
    C-H 伸縮        H-C-H 変角         C-C 伸縮

   3292 cm-1        1694 cm-1        1358 cm-1

       2B3g状態
    C-H 伸縮        C-C 伸縮         H-C-H 変角

   3039 cm-1        1922 cm-1        1222 cm-1

       2Ag状態
    C-H 伸縮        H-C-H 変角         C-C 伸縮

   3174 cm-1        1579 cm-1         1199 cm-1

       2B2u状態
    C-H 伸縮        C-C 伸縮         H-C-H 変角

   2944 cm-1        1706 cm-1        1404 cm-1

       2B1u状態
    C-H 伸縮        C-C 伸縮         H-C-H 変角

   2755 cm-1        1967 cm-1        1367 cm-1



ベンゼン C6H6+

D6h 対称性の分子構造   電子状態は、2A1g
   C-H 伸縮    骨格平面振動

   3369 cm-1     1079 cm-1

D2h 対称性の分子構造

       2B2g状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3401 cm-1    3377 cm-1   1828 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1298 cm-1   1041 cm-1    637 cm-1

      2B3g状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3401 cm-1    3381 cm-1   1731 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1280 cm-1   1042 cm-1    641 cm-1

      2Ag状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3358 cm-1    2961 cm-1   1602 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1224 cm-1   1048 cm-1    704 cm-1

      2B1g状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3441 cm-1    3150 cm-1   1824 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1164 cm-1   1057 cm-1    602 cm-1

      2B3u状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3412 cm-1    2518 cm-1   1723 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1258 cm-1   1042 cm-1    595 cm-1

      2B2u状態
  C-H 伸縮     C-H 伸縮    骨格平面

 3397 cm-1    3138 cm-1   1534 cm-1
  C-H 変角    骨格平面     骨格平面

  1173 cm-1   914 cm-1    535 cm-1




光電子スペクトル


メタン分子に、紫外線を照射すると、電子が放出され、分子は、イオン化します。
放出された電子の運動エネルギーの測定から、下図に示す、光電子スペクトルが、観測されます。



光電子スペクトルは、複数のピークで構成される、振動構造を、有します。
ピークの位置は、電子エネルギーと振動のエネルギーから定まる、イオン化エネルギーに、関連します。
ピークの高さは、基底状態からイオン化状態への、振動励起の遷移確率に、依存します。
遷移確率は、基底状態とイオン化状態の、振動の波動関数を用いて、求まります。
イオン化エネルギーや遷移確率は、量子化学の手法を用いて、計算が可能です。
これらの計算を用いて、理論強度曲線が求まり、光電子スペクトルの理論的な解析が、可能になります。

イオン化に伴う変化

分子のイオン化では、電子数と電子配置が変化し、それに伴い、電子状態が変化します。
分子のイオン化に伴う電子状態は、基底状態から、イオン化状態に、変化します。
分子の電子状態は、分子軌道や対称軌道の占有に関する、電子配置が、変化します。
分子の電子状態に対応して、基底状態と、イオン化状態に関する、電子のエネルギーが、定まります。
電子のエネルギーは、分子を構成する各原子の内部座標に関する、ポテンシャル面を、決定します。
分子のポテンシャル面の形状は、その極小値から、安定な分子構造・平衡構造を、与えます。
さらに、ポテンシャル面の形状と、原子核の質量から、分子振動の波動関数が、定まります。
分子振動の波動関数から、振動エネルギーが、定まります。

ピークの位置と強度

ピークの位置は、電子エネルギーと振動エネルギーに、関連します。
ピークの強度は、基底状態とイオン化状態の、振動の波動関数と、分子構造の変化に、関連します。

二原子分子

この様子を、二原子分子を例に、調和振動子近似を用い、下図で、解説します。



電子エネルギーの変化に、垂直イオン化エネルギー ( VIE ) 、断熱イオン化エネルギー ( AIE ) が、あります。
VIE は、基底状態の平衡構造での、イオン化状態の電子エネルギーと、基底状態の電子エネルギーの、差です。
AIE は、基底状態とイオン化状態の、各々の平衡構造における、電子エネルギーの差です。
スペクトルのピークの位置は、イオン化に伴う、 振動準位の変化に、対応します。

基底状態の分子の多くは、振動の量子数が、n=0 の、振動の基底状態に存在すると、想定されます。
スペクトルは、イオン化に伴う、イオン化状態の振動準位、n = 0, 1,2,・・・への遷移に、関連します。
電子状態と振動状態を考慮した、エネルギー準位が、 0-0 IE, 0-1 IE, 0-2 IE,・・・です。
0-0 IEは、0-0イオン化エネルギーと、呼ばれています。
0-0 IEは、基底状態のゼロ点振動状態から、イオン化状態のゼロ点振動状態への、遷移エネルギーです。

スペクトルの強度は、基底状態とイオン化状態の、振動の波動関数と、分子構造の変化に、関連します。

スペクトルの強度は、基底状態とイオン化状態間の、振動波動関数の重なり積分に、依存します。
この重なり積分の二乗は、フランク-コンドン係数(FCF)と、呼ばれています。

最初に、イオン化に伴う、分子構造の変化がない場合の、スペクトルの強度を、検討します。

下図に、FCFの計算結果をもとに、スペクトルの形状(理論強度曲線)を、示します。
赤い曲線は、振動波動関数です。
赤い網掛け部分は、基底状態における、ゼロ点振動の、運動の領域を、表します。
基底状態とイオン化状態間の、振動波動関数の重なりは、赤い網掛け領域において、見出されます。
青い横線は、振動レベル、n=0, n=1, n=2, ・・・を、表示します。


基底状態とイオン化状態の、振動数が、同じです。
0-0 遷移の、FCFは、1です。
0-0 遷移のみが、観測されます。


基底状態とイオン化状態の、振動数が、異なります。
0-2 遷移などの、強度が、大きくなります。
0-0 遷移以外も、観測されます。


次に、イオン化に伴う、分子構造の変化がある場合の、スペクトルの強度を、検討します。

下図の青い曲線は、基底状態と、イオン化状態の、ポテンシャル面を、示します。
分子構造の変化は、下図の右側が、左側より、大きくなります。
赤い曲線は。振動の波動関数を、基底状態の n=0 と、イオン化状態の n=0 〜 n=5 を、示します。
赤い曲線は、振動波動関数です。
青い横線は、振動レベル、n=0, n=1, n=2, ・・・を、表示します。
赤い網掛け部分は、基底状態における、ゼロ点振動の、運動の領域を、表します。

下図に、FCFの計算結果をもとに、スペクトルの形状(理論強度曲線)を、示します。
理論強度曲線には、振動励起に伴う、振動構造が、見出されます。
振動構造は、イオン化エネルギーに係る、ピークの位置と、遷移の強度に係る、ピークの高さに、依存します。

下図の右側は、左側に比べて、イオン化に伴う、分子構造の変化が、大きな、場合です。
変化が小さいと、0-0 遷移の強度が、最大です。
変化が大きくなると、0-0 遷移の強度が、減少し、0-0 遷移以外の強度が、増加します。
変化が大きい場合、0-0 IEのピークが、観測されないことがあります。


      振動波動関数       理論強度曲線       振動波動関数       理論強度曲線

           重なり積分
      0 - 1         0 - 3   

    FCF = 0.32     FCF = 0.00

           重なり積分
      0 - 1          0 - 3   

   FCF = 0.10        FCF = 0.27

FCFは、基底状態とイオン化状態間の、振動波動関数の重なり積分の、二乗に、依存します。
上図に、 0 - 1 と 0 - 3 振動遷移の、振動波動関数と、その重なり(積)を、示します。
重なり積分は、赤い網掛け部分(+の符号)と、青い網掛け部分(−の符号)の、面積の和です。

多原子分子

水 H2O, メタン CH4, エチレン C2H4 など、多原子分子では、振動の自由度は、2以上です。

エチレン C2H4 に関して、調和振動子近似を用い、全対称振動状態と、理論強度曲線を、検討します。
D2h 対称性のエチレンは、全対称内部座標の個数は、3です。
ポテンシャル面は、基準座標 Q1, Q2, Q3 を用いると、調和振動子の和としで、近似できます。
V = 1/2*k1*Q12 + 1/2*k2*Q22 + 1/2*k3*Q32
調和振動子を用いると、波動関数と基準振動数が、シュレーディンガー方程式の解として、求まります。

エチレン C2H4+2B3u 状態の、基準振動数は、 3292 cm-1, 1694 cm-1, 1358 cm-1 と、算出されます。
イオン化状態の、振動状態は、基準振動の量子数を用いて、表現できます。
基準振動 、Q1, Q2, Q3 の量子数を、 n1, n2, n3 とすると、振動状態は、(n1, n2, n3) で、表現できます。
振動のエネルギー準位は、基準振動数 ν1, ν2, ν3 を用いて、
E (n1, n2, n3) = n1*ν1 + n2*ν2 + n3*ν3
下図に、2B3u に関して、振動状態と振動のエネルギー準位を、表示します。
なお、エネルギー値は、基底状態のゼロ点振動状態からの、イオン化エネルギーです。

   振動状態   振動準位
 

基底状態からのイオン化は、電子状態の変化と、振動状態の変化を、伴います。
電子状態の変化として、最適化分子構造の変化に関する、断熱イオン化エネルギー AIE が、算出できます。
振動状態を含んだ変化として、ゼロ点振動状態間の、0-0イオン化エネルギー 0-0 IE が、算出できます。
2B3u へのイオン化は、AIE が 8.84 eV、0-0 IE が 8.81 eVと、求まります。

基底状態からのイオン化は、様々な振動状態へのイオン化が、想定されます。
様々な振動状態へのイオン化の遷移の確率は、フランク-コンドン係数(FCF)に、依存します。
総ての振動励起状態に関して、フランク-コンドン係数の総和は、1 です。
フランク-コンドン係数は、イオン化に伴う、分子構造の変化と、振動の波動関数の変化を、含みます。
下図に、2B3u に関して、FCFの計算結果を用いた、イオン化の理論強度曲線を、示します。
理論強度曲線には、振動構造が、見出されます。

      振動状態          理論強度曲線


上図の振動状態において、黒色で示した振動状態 (1, 0, 0) 等は、理論強度曲線への寄与が、見出せません。
青色で示した振動状態 (0, 0, 0), (0, 0, 1), (0, 1, 0) 等は、理論強度曲線に寄与する、振動状態です。
イオン化状態の、ゼロ点振動状態 (0, 0, 0) 状態への遷移が、最も大きな、遷移確率を、有します。
次に、(0, 0, 1) 状態への遷移が、大きな遷移確率を、示しています。
(0, 1, 0) 状態への遷移確率は、(0, 0, 1) 状態の、半分ほどです。

イオン化状態の振動状態への、遷移確率は、イオン化に伴う、分子構造の変化と、相関します。
下図に、振動モードと、分子構造の変化を、示します。

  C-H 伸縮      H-C-H 変角      C-C 伸縮

 3292 cm-1     1694 cm-1      1358 cm-1 
  分子構造の変化



基準振動数 3292 cm-1 は、C-H 伸縮モード、です。 
C-H 伸縮モードに対応する、分子構造の変化は、C-H 核間距離の、変化です。
イオン化に伴う、C-H 距離の変化は、+0.01 Å と、微小な変化です。
従って、C-H 伸縮モードへの、振動励起は、0-0 遷移が、最大の強度を、有します。
(1, 0, 0) 状態への遷移が、見出されないのは、微小なC-H 距離の変化と、相関します。

C-C 距離は、比較的に大きな、+0.08 Å の、変化が、見出されます。
C-C 核間距離の変化に対応する、基準振動は、1358 cm-1 の、C-C 伸縮です。
(0, 0, 1) や (0, 0, 2) 状態への遷移は、C-C 伸縮モードへの、遷移です。
これらの状態への遷移は、C-C 核間距離の変化に、相関します。

C-C-H の角度は、 -1°(∠H-C-H は +2°に相当) 程の、比較的に小さな、変化です。
C-C-H の角度の変化に対応する、基準振動は、1694 cm-1の、H-C-H 変角モードです。
(0, 1, 0) 状態への遷移は、H-C-H 変角モードへの、遷移です。
この遷移の強度が、(0, 0, 1) 状態の 1/2 なのは、比較的に小さな、∠H-C-Hの変化に、相関します。

なお、基底状態は、C-C 伸縮 (1623cm-1) が、H-C-H 変角 (1342cm-1) より、大きな振動数です。
2B3u 状態では、H-C-H 変角 (1694cm-1) が、 C-C 伸縮 (1358cm-1) より、大きな振動数です。



イオン化に伴う分子構造の変化

光電子スペクトルの形状は、基底状態からイオン化状態へのイオン化に伴う、分子構造の変化と、相関します。
メタン, エチレン, ベンゼンに関し、HFSCF法を用いた、最適化分子構造の計算結果を、既に掲載しています。
計算の結果を用いて、イオン化に伴う分子構造の変化量を算出し、変化の様子を、図示します。

メタン CH4+ のイオン化に伴う分子構造の変化

対称性電子状態AIE ( eV )分子構造の変化イオン化状態 基底状態
C2v2B111.76 C-H1:+0.09Å C-H4:-0.01Å 
∠H1-C-H2:-47.6°  ∠H3-C-H4:+19.8°

C3v2A112.08 C-H1:+0.33Å C-H4:0Å 
∠H1-C-H2:-9.0° 

D2d2B212.01 C-H1:+0.04Å C-H4:+0.04Å 
∠H1-C-H2:+36.4° 

基底状態: C-H1:1.09Å ∠H1-C-H2:104.5°

エチレン C2H4+ のイオン化に伴う分子構造の変化

電子状態AIE ( eV )分子構造の変化イオン化状態 基底状態
2B3u8.84 C-C:+0.08Å C-H:+0.01Å
∠C-C-H:-1.0°

2B3g12.47 C-C:-0.06Å C-H:+0.06Å 
∠C-C-H:+8.0°

2Ag13.54 C-C:+0.11Å C-H:+0.01Å 
∠C-C-H:-12.0°

2B2u16.09 C-C:+0.02Å C-H:+0.06Å 
∠C-C-H:+8.4°

2B1u20.15 C-C:-0.04Å C-H:+0.08Å 
∠C-C-H:-5.1°

基底状態: C-C:1.32Å C-H:1.08Å ∠C-C-H:121.7°



ベンゼン C6H6+ のイオン化に伴う分子構造の変化

電子状態AIE ( eV )分子構造の変化イオン化状態 基底状態
2B2g8.08 C1-C2:+0.09Å C2-C3:+0.02Å
C1-H:0Å C2-H:0Å
∠C6-C1-C2:+1.8° ∠C3-C2-H:+1.6° 

2B3g8.30 C1-C2:+0.04Å C2-C3:+0.11Å
C1-H:0Å C2-H:0Å
∠C6-C1-C2:-1.9° ∠C3-C2-H:-1.6° 

2Ag12.69 C1-C2:+0.02Å C2-C3:+0.1Å
C1-H:+0.04Å C2-H:0Å
∠C6-C1-C2:+7.8° ∠C3-C2-H:-3.5° 

2B1g12.69 C1-C2:+0.07Å C2-C3:0Å
C1-H:0Å C2-H:+0.03Å
∠C6-C1-C2:-7.7° ∠C3-C2-H:+3.7° 

2B1u12.90 C1-C2:+0.08Å C2-C3:+0.08Å
C1-H:0Å C2-H:0Å
∠C6-C1-C2:0.0° ∠C3-C2-H:0.0° 

2B3u15.14 C1-C2:+0.06Å C2-C3:+0.03Å
C1-H:+0.09Å C2-H:0Å
∠C6-C1-C2:+12.8° ∠C3-C2-H:+5.4°

2B2u15.18 C1-C2:+0.03Å C2-C3:+0.13Å
C1-H:0Å C2-H:+0.02Å
∠C6-C1-C2:-6.8° ∠C3-C2-H:-9.4°

 
基底状態: C-C 結合:1.34Å C-H 結合:1.08Å


光電子スペクトルの理論強度曲線

光電子スペクトルは、分子のイオン化に伴って、観測されます。
光電子スペクトルは、イオン化に伴う、電子状態の変化、分子構造の変化、振動状態の変化を、反映します。
その振動構造は、これらの変化を反映した、理論強度曲線を用いて、解析できます。
メタン, エチレン, ベンゼンに関して、各々2個のイオン化を例に、理論強度曲線を、検討します。

メタンの理論強度曲線

メタン CH4+ C3v対称 2A1 状態

下図は、 C3v対称の、2A1状態への、イオン化の理論強度曲線です。
各ピークに関して、イオン化エネルギーの低い方(図中右側)から、振動準位の番号付けを、行います。
さらに、振動準位に対応する、振動状態を、表示します。
振動状態は、基準振動数 3186 cm-1, 1399 cm-1, 1230 cm-1 に対応する、振動の量子数を、表示します。

理論強度曲線 C3v対称 2A1状態
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
 振動状態 (n1, n2, n3)
 (0,0,0)
 (0,0,1)      (0,1,0)
 (0,1,1) (0,0,2)  (0,2,0)
 (0,2,1) (0,1,2)  (0,3,0)
 (0,3,1) (0,2,2) 
 (0,4,1) (0,3,2)
 (0,5,1) (0,4,2)
 (0,6,1) (0,5,2)
      (0,6,2)

振動状態の検討から、以下の特徴が、振動構造に、見出されます。
基準振動数 3186 cm-1 は、0-0 遷移のみが、強度を、有しています。
基準振動数 1399 cm-1 は、0-0 から 0-6 遷移が、強度を、有しています。
基準振動数 1230 cm-1 は、0-0 から 0-2 遷移が、強度を、有しています。
振動構造は、二つの列 (progression): (0,0,0) 〜 (0,6,1) と (0,0,2) 〜 (0,6,2) による、重なりによります。

列 3 〜 8 のピークの各々は、1399 cm-1と1230 cm-1 に係る、複数の振動励起が、重なっています。
これらの基準振動が係る、イオン化エネルギーの差は、169 cm-1 (0.02 eV) と、算出できます。
従って、スペクトルの分解能を上げると、重なったピークが、分離することが、示唆されます。

3186 cm-1, 1399 cm-1, 1230 cm-1 は、下図の、C-H 伸縮, C-H 伸縮, H-C-H 変角振動に、帰属できます。

C-H 伸縮振動

3186 cm-1
C-H 伸縮振動

1399 cm-1
H-C-H 変角振動

1230 cm-1
分子構造の変化



上記の振動モードと、イオン化状態の振動状態への遷移の強度は、分子構造の変化と、相関します。
3186 cm-1 の C-H 伸縮振動モードと関連する、C-H 核間距離の変化は、0Å です。
従って、0-0 遷移の確率は、ほぼ1であり、(1,0,0), (2,0,0) への遷移は、見いだせません。
1389 cm-1 の C-H 伸縮振動モードに関連する、C-H 核間距離は、+0.32 Å と、大きな変化です。
この変化が、1389 cm-1 モードの、(0,1,1) 〜 (0,6,1) や (0,1,2) 〜 (0,6,2) 遷移と、相関します。
1230 cm-1 の H-C-H 変角振動モードにと関連する、∠H-C-H は、-9°の、変化です。
この変化が、1230 cm-1 モードの、(0,0,1), (0,0,2) 遷移と、相関します。

メタン CH4+ C2v対称 2B1 状態

メタン CH4+ の C2v 対称の、全対称内部座標の自由度は、4です。
全対称振動モードの基準振動数は、3328 cm-1, 2733 cm-1, 1651 cm-1, 1213 cm-1 です。

下図は、2B1状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
図中のピークに関し、イオン化エネルギーの低い方(図中右側)から、番号付けを、行います。
理論強度曲線の各ピークに対応する、振動状態を、表示します。
理論強度曲線  C2v対称 2B1状態
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
 振動状態 (n1, n2, n3, n4)
(0,0,2,5) (0,0,3,4)
(0,0,2,6) (0,0,3,5) (0,0,4,4)
      (0,0,3,6) (0,0,4,5) (0,0,5,4)
      (0,0,3,7) (0,0,4,6) (0,0,5,5)
           (0,0,4,7) (0,0,5,6) (0,0,6,5)
           (0,0,4,8) (0,0,5,7) (0,0,6,6)
                 (0,0,5,8) (0,0,6,7) (0,0,7,6)
                      (0,0,6,8) (0,0,7,7)


ゼロ点振動状態 (0,0,0,0) への、イオン化エネルギーは、12.25 eV と、算出されます。
しかし、遷移の確率は、0.00001 と算出され、そのピークは、理論強度曲線中に、見出されません。

図中の、いずれのピークも、1651 cm-1 と 1213 cm-1 振動の、高い振動状態への、振動励起です。
ピーク1は、(0,0,2,5), (0,0,3,4) 振動状態が、二つのピークに、分離して、見出されます。
各振動状態間の、イオン化エネルギーの差は、438 cm-1 (0.05 eV) です。
三つに分離した、ピーク2は、 (0,0,2,6), (0,0,3,5), (0,0,4,4) 振動状態が、対応します。
各振動状態間の、イオン化エネルギーの差は、438 cm-1 (0.05 eV) , 438 cm-1 、です。
これらのイオン化エネルギーの差は、1651 cm-1 と 1213 cm-1 の差に、相当します。

C3v 対称の2A1状態と C2v 対称の2B1状態は、共に、二つの振動モードが、振動励起に、関与しています。
C2v 対称の2B1状態の、振動構造は、C3v 対称の2A1状態と比較して、複雑です。
このことは、二つの振動モードの、振動数の差の大きさに、相関します。

下図に、3328 cm-1, 2733 cm-1, 1651 cm-1, 1213 cm-1 の、振動モードへの帰属を、表示します。

C-H 伸縮

3328 cm-1
C-H 伸縮

2733 cm-1
H-C-H 変角

1651 cm-1
H-C-H 変角

1213 cm-1
分子構造の変化


各振動モードと、イオン化状態の振動状態への遷移の強度は、分子構造の変化と、相関します。
3328 cm-1 の C-H 伸縮モードに対応する、C-H 核間距離には、分子構造の変化が、見出せません。
従って、(1,0,0,0) や (2,0,0,0) 振動状態への、遷移の確率は、ゼロになります。
2733 cm-1 の C-H 伸縮モードに対応する、C-H 核間距離は、+0.09 Å、伸びています。
しかし、(0,1,0,0) や (0,2,0,0) への振動励起は、理論強度曲線中に、見出されません。

1651 cm-1 と 1213 cm-1 は、 H-C-H 変角モードに、対応します。
1651 cm-1 は、二つの∠H-C-H が、同時に広がるか、同時に閉じるかの、振動に対応します。
1213 cm-1 は、二つの∠H-C-H が、片方が広がり、片方が閉じる、振動に対応します。
二つの∠H-C-H の構造の変化は、-47.6°と +19.8°と、大きな変化が、見出せます。
これは、二つの∠H-C-H に関し、片方が広がり、片方が閉じる、変化です。
従って、1213 cm-1 モードへの、(0,0,4,8) などの高い振動状態の関与と、相関します。

エチレンの理論強度曲線

C2H4+ D2h対称 2B1u 状態

2B1u 状態の、全対称振動モードの基準振動数は、2755 cm-1, 1967 cm-1, 1367 cm-1 です。 
下図は、2B1u状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
図中のピークに関し、イオン化エネルギーの低い方(図中左側)から、番号付けを、行います。
理論強度曲線の各ピークに対応する、振動状態を、表示します。

理論強度曲線 2B1u 状態
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9

 振動状態 (n1, n2, n3)
 (0,0,0)
 (0,0,1)
 (0,0,2) (1,0,0)
 (0,0,3) (1,0,1)
 (0,0,4) (1,0,2) (2,0,0)
      (1,0,3) (2,0,1)
      (1,0,4) (2,0,2)  (3,0,0)
          (2,0,3) (3,0,1)
          (2,0,4) (3,0,2)
   強度が大きい状態は、赤色で強調


振動状態の検討から、振動構造に、四つの列が、見出されます。
四つの列は、(0,0,0) 〜 (0,0,4), (1,0,0) 〜 (1,0,4), (2,0,0) 〜 (2,0,4), (3,0,0) 〜 (3,0,2) です。

各基準振動の、理論強度曲線への寄与は、以下の通りです。
基準振動数 2755 cm-1 は、0-0 から 0-3 遷移が、強度を、有しています。
基準振動数 1967 cm-1 は、0-0 遷移のみが、強度を、有しています。
基準振動数 1367 cm-1 は、0-0 から 0-4 遷移が、強度を、有しています。

一つのピークに、二つの振動モード:2755 cm-1 と1367 cm-1 の関与が、見出されます。
にもかかわらず、単純な振動構造を示すのは、2755 ≒ 2*1367 の関係に、起因します。
四番目のピークは、三つの振動状態: (0,0,4), (1,0,2), (2,0,0) が、関与しています。
各振動状態間の、イオン化エネルギーの差は、21cm-1 (0.003 eV) , 21 cm-1 、です。
振動状態間のエネルギーの差が、小さいことにより、三つの振動状態のピークは、一つに重なって、見えます。

下図に、2755 cm-1, 1967 cm-1, 1367 cm-1 の、振動モードの帰属と、分子構造の変化を、表示します。

  C-H 伸縮      C-C 伸縮      H-C-H 変角

 2755 cm-1     1967 cm-1      1367 cm-1 
 分子構造の変化



各振動モードと、イオン化状態の振動状態への遷移の強度は、分子構造の変化と、相関します。

2755 cm-1 の 、C-H 伸縮モードに対応する、 C-H 核間距離は、+0.08Å の、変化です。
C-H 伸縮モードへの振動励起は、(1,0,0), (1,0,1), (1,0,2), (2,0,1) 状態など、大きな強度が、見出されます。

1967 cm-1 の、 C-C 伸縮モードに対応する、 C-C 核間距離は、-0.04Å 程度の、変化です。
C-C 伸縮モードへの遷移は、0-0 遷移が、最大の強度になり、(0,1,0) は、見出されません。

1367 cm-1 の 、H-C-H 変角モードに対応する、 ∠H-C-H は、-5.1 ° の、変化です。
H-C-H 変角モードの振動状態は、(0,0,1), (1,0,1), (1,0,2), (2,0,1) など、大きな強度が、見出されます。

エチレン C2H4+ D2h対称 2Ag 状態

2Ag 状態の、全対称振動モードの基準振動数は、 3174 cm-1, 1579 cm-1, 1199 cm-1 です。 
下図は、2Ag 状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
図中のピークに関し、イオン化エネルギーの低い方(図中左側)から、番号付けを、行います。
理論強度曲線の各ピークに対応する、振動状態を、表示します。

 理論強度曲線 2Ag 状態

No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

   振動状態 (n1, n2, n3)
      (0,0,0)
 (0,0,1) (0,1,0)
 (0,1,1) (0,2,0)
 (0,2,1) (0,3,0)
 (0,3,1) (0,4,0)
 (0,4,1) (0,5,0)
 (0,5,1) (0,6,0)
 (0,6,1) (0,7,0)
 (0,7,1) (0,8,0)
 (0,8,1) (0,9,0)
 強度が大きい状態は、赤色で強調

図中の振動構造に、二つの列が: (0,0,0) 〜 (0,8,0) と (0,0,1) 〜 (0,8,1) が、見出されます。
列 (0,0,0) 〜 (0,8,0) は、列 (0,0,1) 〜 (0,8,1) と比較して、強い強度を、有しています。

各基準振動の、理論強度曲線への寄与は、以下の通りです。
基準振動数 3174 cm-1 は、0-0 遷移のみが、強度を、有しています。
基準振動数 1579 cm-1 は、0-0 から 0-8 遷移が、強度を、有しています。
基準振動数 1199 cm-1 は、0-0 と 0-1 遷移が、強度を、有しています。

下図に、 3174 cm-1, 1579 cm-1, 1199 cm-1 の、振動モードへの帰属と、分子構造の変化を、表示します。

 C-H 伸縮      H-C-H 変角      C-C 伸縮

 3174 cm-1     1579 cm-1      1199 cm-1 
 分子構造の変化



各振動モードと、イオン化状態の振動状態への、遷移の強度は、分子構造の変化と、相関します。

3174 cm-1 の 、C-H 伸縮モードに対応する、 C-H 核間距離は、+0.01Å の、微小な変化です。
従って、C-H 伸縮モードは、0-0 遷移の確率が、ほぼ 1 で、(1,0,0) 状態への遷移は、見出されません。

1579 cm-1 の 、H-C-H 変角モードに対応する、 ∠H-C-H は、-12.0 ° の、大きな変化です。
この変化が、H-C-H 変角モードの、列: (0,0,0) 〜 (0,9,0) の、強度が大きな振動励起に、相関します。

1199 cm-1 の、 C-C 伸縮モードに対応する、 C-C 核間距離は、+0.11Å の、変化です。
この変化が、C-C 伸縮モードへの振動励起、列: (0,0,1) 〜 (0,8,1) に、相関します。

エチレン C2D4+ D2h対称 2B1u2Ag 状態

C2D4 は、C2H4 の4個の水素原子 H を、重水素原子 D による置換で、得れます。
重水素原子 D は、中性子が1つ、陽子が1つ、電子が1つから、構成され、水素原子 H の、同位体です。
原子の電子状態は、陽子数と電子数に、依存します。
重水素原子 D は、水素原子 H と、同じ陽子数と電子数であり、同一の電子状態を、とります。
従って、C2D4 は、C2H4 と、同じ電子状態と、同じ電子エネルギーを、とります。
また、C2D4 は、C2H4 と、同じ分子構造と、同じポテンシャル面を、有します。

重水素原子 D と水素原子 H との、質量の相違は、原子核の運動である、振動状態に、現れます。
C2D4 の基準振動数と振動波動関数は、C2H4のそれらとは、異なります。
下表は、基底状態の 1Ag と、イオン化状態の、D2h対称 2B1u2Ag 状態の、基準振動数です。

       C2H4    C2H4+
1Ag2B1u2Ag
ν1329227553174
ν2181819671579
ν3147813671222
       C2D4   C2D4+
1Ag2B1u2Ag
ν1244321542267
ν2167917641326
ν310799761000


エチレン C2D4+ D2h対称 2B1u 状態

下図は、2B1u 状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
イオン化エネルギーは、図中の左側が、低くなっています。



理論強度曲線の振動構造には、以下の、振動遷移の列が、図の左側から、見出されます。
(0,0,0)〜(0,0,4), (0,1,0)〜(0,1,4), (1,0,0)〜(1,0,4), (1,1,0)〜(1,1,4), (0,2,0)〜(0,2,2), (2,0,0)〜(0,0,4)

第一のピークは、ゼロ点振動状態 (0,0,0) への、遷移です。
第二のピークは、(0,0,1) 振動状態、ν3 モードへの、振動励起です。
第一と第二の、ピークの間隔は、ν3 モードの、976 cm-1 です。
第三のピーク群は、(0,1,0), (0,0,2), (1,0,0) 振動状態であり、ν2, ν3, ν1 モードが、関与してます。

C2H4 と比較して、重水素原子 D による置換の影響は、以下の点に、見出されます。
振動モードは、C2H4 は、ν1 が C-H 伸縮、ν2 が C-C 伸縮、ν3 が C-C-H 変角です。
C2D4 では, ν1 と ν2 モードに、C-H 伸縮とC-C 伸縮の混在が、見出されます。
この変化を反映して、C2D4 では、 ν2 モードへの、振動励起が起きています。
ν1 と ν3 モードに関し、(1,0,0) と (0,0,2) の間隔は、C2H4 で 21 cm-1、 C2D4 で 202 cm-1 です。
この変化は、第三のピークである (1,0,0) と (0,0,2) が、C2H4 では一本が、C2D4 では分離して、現れます。

エチレン C2D4+ D2h対称 2Ag 状態

下図は、2Ag 状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
イオン化エネルギーは、図中の左側が、低くなっています。

 

理論強度曲線の振動構造には、ν2 と ν3 モードが関与する、以下の、振動遷移の列が、見出されます。
(0,1,0)〜(0,8,0), (0,1,1)〜(0,8,1), (0,1,2)〜(0,8,2), (0,2,3)〜(0,8,3)
中でも、3本の列: (0,2,0)〜(0,7,0), (0,2,1)〜(0,7,1), (0,2,2)〜(0,7,2) が、顕著なピークに、対応します。

C2H4 と比較して、C2D4 では、ν3 モードへの振動励起の強度が、大きくなっています。
イオン化に伴う、∠C-C-H の変化に対応する、振動モードは、C2H4 では、ν2 モードだけです。
C2D4 では、 ν2 と ν3 モードに、C-C 伸縮と∠C-C-D 変角の混在が、見出されます。
従って、∠C-C-D の変化に対応する、振動モードとして、ν3 モードも、寄与しています。

ベンゼンの理論強度曲線

C6H6+ D2h対称 2B2g 状態

ベンゼンのイオン化状態 2B2g は、D2h対称の分子構造で、ν1 〜 ν6 の、六つの全対称振動モードを、有します。
その基準振動数は、 3401 cm-1, 3377 cm-1, 1828 cm-1, 1298 cm-1, 1041 cm-1, 637 cm-1 です。
下図は、2B2g 状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
図中のピークに関し、イオン化エネルギーの低い方(図中右側)から、番号付けを、行います。
さらに、理論強度曲線の各ピークに対応する、振動状態を、表示します。

理論強度曲線  D2h対称 2B2g状態

No.
1
2
3
4
5
6
7

 振動状態 (n1, n2, n3, n4, n5, n6)
 (0,0,0,0,0,0)
 (0,0,0,0,0,1)
 (0,0,0,0,0,2) (0,0,0,0,1,0)
 (0,0,0,0,0,3) (0,0,0,0,1,1) (0,0,1,0,0,0) (0,0,0,1,0,1)
         (0,0,0,0,1,2) (0,0,1,0,0,1) (0,0,0,1,0,2)
                (0,0,1,0,0,2)         (0,0,1,0,1,0) (0,0,1,1,0,0)
                                (0,0,1,0,1,1) (0,0,2,0,0,0))
 強度が大きい状態は、赤色で強調

第一のピークは、ゼロ点振動状態 (0,0,0,0,0,0) への、遷移です。
遷移強度が大きい振動励起状態は、(0,0,0,0,0,1), (0,0,0,0,1,0), (0,0,1,0,0,0) です。
これらは、 637 cm-1 の ν6 モード、1041 cm-1 の ν5 モード、1828 cm-1 の ν3 モードが、関与しています。
他方、(1,0,0,0,0,0) や (0,1,0,0,0,0) への、振動励起状態は、見出されません。
これらは、 3401 cm-1 の ν1 モード、 3377 cm-1 の ν2 モードが、 関与しています。

イオン化状態の振動励起状態への、各振動モードの、関与は、分子構造の変化と、相関します。
下図に、分子構造の変化を、示します。

  分子構造の変化

     原子の番号付け
  

イオン化に伴う、分子構造の変化は、∠C6-C1-C2、距離 C1-C2、 ∠C2-C3-H に、見出されます。
他方、距離 C-H には、分子構造の変化は、見出せません。

下図に、各振動モードを、表示します。

 ν1 C-H 伸縮   ν2 C-H 伸縮   ν3 骨格平面

 3401 cm-1    3377 cm-1   1828 cm-1
 ν4 C-H 変角   ν5 骨格平面   ν6 骨格平面

  1298 cm-1   1041 cm-1    637 cm-1


1828 cm-1 の ν3 モード、1041 cm-1 の ν5 モード、637 cm-1 の ν6 モードは、ベンゼン環の、骨格振動です。
これらの骨格振動は、C-C 核間距離や ∠C-C-C の、ベンゼン環の分子構造の変化に、相関します。
これらの振動励起に、(0,0,0,0,0,4) 以上の、高い振動状態が、見出せません。
これは、分子構造の変化が、C-C 核間距離で0.09Å、∠C-C-C で1.8° 程度であることに、相関します。

他方、3401 cm-1 の ν1 モード 、3377 cm-1 の ν2 モードは、C-H 伸縮モードです。
イオン化に伴う、C-H 核間距離には、分子構造の変化が、見出せません。

C6H6+ D2h対称 2B1g 状態

ベンゼンのイオン化状態 2B1g は、D2h対称の分子構造で、ν1 〜 ν6 の、六つの全対称振動モードを、有します。
その基準振動数は、 3441 cm-1, 3150 cm-1, 1824 cm-1, 1164 cm-1, 1057 cm-1, 602 cm-1 です。
下図は、2B1g 状態への、イオン化の、理論強度曲線です。
図中のピークに関し、イオン化エネルギーの低い方(図中右側)から、番号付けを、行います。
さらに、理論強度曲線の各ピークに対応する、振動状態を、表示します。

理論強度曲線  D2h対称 2B1g状態

No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

 振動状態 (n1, n2, n3, n4, n5, n6)
 (0,0,0,0,0,0)
 (0,0,0,0,0,1)
 (0,0,0,0,0,2) (0,0,0,1,0,0)
 (0,0,0,0,0,3) (0,0,0,1,0,1)  (0,0,1,0,0,0)
         (0,0,0,1,0,2)  (0,0,1,0,0,1)
                (0,0,1,0,0,2) (0,0,1,1,0,0)
                (0,0,1,0,0,3) (0,0,1,1,0,1) (0,0,2,0,0,0)
                        (0,0,1,1,0,2) (0,0,2,0,0,1)
                        (0,0,1,2,0,1) (0,0,2,0,0,2) (0,0,2,1,0,0)
                (0,1,1,0,0,1)                 (0,0,2,1,0,1)
 強度が大きい状態は、赤色で強調

第一のピークは、ゼロ点振動状態 (0,0,0,0,0,0) への、遷移です。
振動励起状態には、 ν6 モード、 ν4 モード、ν3 モードの関与が、見出されます。
他方、 ν1 モード、 ν5 モードへの、振動励起は、見出せません。

イオン化状態の振動励起状態への、各振動モードの、関与は、分子構造の変化と、相関します。
下図に、分子構造の変化を、表示します。

  分子構造の変化

     原子の番号付け
  


イオン化に伴う、分子構造の変化は、∠C6-C1-C2、距離 C1-C2、 ∠C2-C3-H に、見出されます。
他方、距離 C1-H と距離 C2-C3 には、分子構造の変化は、見出せません。

下図に、各振動モードを、示します。

 ν1 C-H 伸縮   ν2 C-H 伸縮   ν3 骨格平面

 3441 cm-1    3150 cm-1   1824 cm-1
 ν4 C-H 変角   ν5 骨格平面   ν6 骨格平面

  1164 cm-1   1057 cm-1    602 cm-1


ν6 骨格平面モード (602 cm-1) の、n=1 〜 n=3 への、振動励起は、∠C6-C1-C2 の変化に、相関します。
ν4 C-H 変角モード (1164 cm-1) の、高い振動状態への励起は、∠C2-C3-H の変化に、相関します。
ν3 骨格平面モード (1824 cm-1) への、高い振動状態への励起は、距離 C1-C2 の変化に、相関します。

ν1 C-H 伸縮モード (3441 cm-1) は、高い振動状態への励起は、見出せません。
これは、 C1-H の分子構造に、変化がないことに、相関します。



分子における量と質の相関


『自然の弁証法』での記述

「質のあらゆる区別と変化とを量的な区別と変化とに帰着させうる」は、以下の命題に、整理できます。
1.質的な区別を、量的な区別に、帰着させうる。
2.量的な区別を、質的な区別に、帰着させうる。
3.質的な変化を、量的な変化に、帰着させうる。
4.量的な変化を、質的な変化に、帰着させうる。

『自然の弁証法』では、質的区別に関して、以下の記述が、見出されます。
「すなわち、物質はすべて同一の最小粒子からなりたっていること、また物質をつくりあげている化学的諸元素のすべての質的区別は、これらの最小の粒子が集まって原子となるさいのそれら粒子の個数と場所的配置とのうえでの量的区別によって生じたものである」
「自然のなかでの質的区別はすべて化学的組成の相違にもとつくか、運動の量ないしは形態の相違にもとつく」
ここでは、質的区別に関して、粒子の個数や場所的配置以外に、運動の量や形態が、想定されています。

20世紀の科学は、原子が、最小の粒子としての、陽子と電子の集まりであることを、明らかにしています。
さらに、シュレーディンガーの方程式により、量と質に関する相関を、明らかにできます。
従って、今日では、量と質に関する命題を、最小の粒子との関連で、言及できる段階にあります。
ここでは、分子における量と質の相関を、検討します。

量と質の相関

分子構造

分子は、原子から、構成されます。
分子は、分子式で、区別されます。
分子式は、分子を構成する、各々の元素の数を、表記しています。
例えば、炭素原子1個、水素原子4個の、メタンは、 CH4 です。

分子を構成する原子の原子核の位置は、分子構造で、表現されます。
分子構造は、分子の形状(質)と、原子間の距離や角度などの内部座標(量)で、表現されます。
分子の形状は、メタン CH4 の Td 対称性の様に、対称性の名称を用いて、表現されます。
分子の対称性は、各種の対称操作の有無(量)に応じて、質的な区別が、表現されます。

分子にいかなる対称操作も見いだせない場合は、C1 と、表現されます。
N 原子で構成される分子には、C1 対称性の分子構造には、3N-6個の内部座標が、存在します。
メタン CH4 では、3*5 - 6 = 9 個の内部座標が、存在します。
対称性が見いだせる分子構造には、お互いに等価な内部座標が、見出せます。
Td 対称性のメタンでは、四つの C-H 結合距離が等しく、H-C-H の結合角は 109.47°に固定されます。
分子構造の内部座標は、 1 個 C-H 結合距離を独立変数とし、他の 8 個は、分子の対称性に、束縛されます。
分子の対称性に束縛されない内部座標が、全対称内部座標です。
メタンの全対称内部座標は、Td 対称性では1個、C3v 対称性では3個、C2v 対称性では4個、です。
全対称内部座標の個数は、分子の対称性に、帰着できます。

電子状態

分子中には、電子が存在します。
その総数は、分子式と、分子を構成する元素の原子番号に、関連します。
例えば、メタン CH4の電子数は、C の原子番号 6 と H の原子番号 1 より、6*1 + 1*4 = 10 個です。
分子における電子の状態は、電子の波動関数(質)とエネルギー(量)により、表現されます。
電子の波動関数は、各々の電子が占有する、分子軌道の電子配置を用いて、表現されます。
分子軌道は、構成元素の原子軌道の線形結合として、表現されます。
分子構造が対称性を有すると、分子軌道は、対称軌道として、対称性を有します。
対称軌道の質は、点群の指標表(量)に、依存します。
例えば、Td 対称性の対称軌道は、a1 , a2 , e, t1, t2 と、表現されます。
対称軌道は、量として、軌道エネルギーを、有します。
軌道エネルギーを有した対称軌道は、軌道エネルギーの低い方から、1a1 , 2a1 , ・・・と、表現されます。
分子軌道の電子配置は、対称軌道の電子の占有数で、表現されます。
電子数 10個のメタンの電子配置は、Td 対称性のもとで、1a12 2a12 1t26 と、表現されます。
分子構造が対称性を有すると、電子の波動関数は、対称性を有します。
電子の波動関数の対称性は、点群の指標表(量)に、依存します。
電子の波動関数の対称性は、A1 , A2 , E, T2 と、表現されます。
電子の波動関数は、量として、エネルギーを、有します。
エネルギーを考慮した波動関数は、エネルギーの低い方から、1A1 , 2A1 , ・・・と、表現されます。
CI法を用いた波動関数は、複数個の電子配置の線形結合として、記述されます。

電子の波動関数や分子軌道の表現は、シュレーディンガーの方程式により、解明できます。
  HΨ=EΨ  H:ハミルトニアン  Ψ:波動関数  E:エネルギー
波動関数の最適解は、変分法を利用して、得られます。
変分法により、対称軌道を構成する電子軌道の係数、電子配置の線形結合の係数が、得られます。
各々の原子核の位置や陽子数が、ハミルトニアンを介して、波動関数に、反映します。
  E = <Ψ|H|Ψ>
電子の全エネルギーは、ハミルトニアンの期待値として、求まります。
ここで、全エネルギー(量)は、波動関数(質)に、帰着できます。

分子は、同一分子、同じ対称性のもとでも、無数の異なった電子配置が、可能です。
従って、異なったエネルギー値を有する、無数の電子状態が、想定されます。
その中で、最もエネルギーが低い状態が、基底状態です。
その他の状態は、励起状態と、呼ばれています。

原子核の位置は、分子構造の内部座標が与えられると、決定できます。
従って、様々な分子構造に対応する、電子の全エネルギー面(ポテンシャル面 )が、見出せます。
ポテンシャル面には、エネルギーの極小値が、存在します。
その分子構造が、平衡核間距離などの、平衡核配置の内部座標です。
例えば、Td 対称性のメタンは、基底状態では、1.09Åの C-H 核間距離です。
1,2 - ジクロロエチレンは、C-C 軸の回転に関し、シス型とトランス型の、2 種類の極小値が、存在します。
平衡核配置の分子構造(量)は、ポテンシャル面の形状(質)に、帰着できます。

振動状態

分子中の原子核の運動が、振動状態です。
振動状態は、振動の波動関数(質)と、振動エネルギー(量)で、表現されます。
分子の振動状態は、ポテンシャル面と、原子核の質量に、依存します。
平衡核配置の近傍では、内部座標と調和振動子近似を用いて、ポテンシャル面を、表現します。
さらに、座標軸の回転により、基準座標( Qi)を用い、ポテンシャル面を、基準座標で表現します。
  V = 1/2*Σ ( ki*Qi2 )  ki:力の定数
基準座標は、内部座標の線形結合で表せて、その係数は、ポテンシャル面の形状に、依存します。
基準座標と調和振動子近似を用いると、振動状態の厳密なシュレーディンガー方程式の解が、得られます。

振動エネルギーは、基準座標 Qi 毎に、基準振動数 νi として、得られます。
基準振動数(量)は、ポテンシャル面の力の定数を介して、ポテンシャル面の形状(質)に、依存します。
振動のエネルギー準位は、振動の量子数 ni を用いて、表現されます。
   E ni = ( ni+ 1/2 ) hνi
N 原子分子では、3N-6 個の内部座標が、存在します。
従って、3N-6 個の基準座標と基準振動数が、存在します。
総ての基準座標に関して、振動のエネルギー状態は、( n1, n2, n3,・・・, n3N-6 ) を用いて、表現されます。
その中で、( 0, 0, 0,・・・, 0 ) の状態は、ゼロ点振動状態と、呼ばれています。

振動状態の質は、図示した、振動モードと振動の波動関数によって、可視化されます。

振動モードの図では、平衡核配置からの、原子核の微小な変位の方向が、見出せます。
基準座標と基準振動は、分子構造の対称性を、反映します。
従って、基準振動モード(質)は、点群の指標表(量)を利用して、分類が可能です。
それらの中で、A1 振動は、全対称振動モードと、呼ばれています。
全対称振動モードは、分子構造の対称性が、保持されます。
全対称振動モード以外の振動モードは、分子構造の対称性が、変化します。

調和振動子の波動関数 ψn は、エルミート多項式を用いて、表現できます。
振動の波動関数の図には、波動関数の値の符号が変化する、ノードが、見出せます。
ノードの数は、振動の量子数 n と、一致します。
振動の波動関数の図から、原子核の運動の領域が、見出せます。
振動の量子数の増加に対応し、原子核の運動の領域が、拡大します。

光電子スペクトル

光電子スペクトルは、紫外線の照射により、分子から電子が放出される際に、観測されます。
光電子スペクトルの形状(質)は、ピークの位置・間隔・高さ(強度)などの、量に、依存します。

ピークの位置は、イオン化の電子状態と、振動状態の、エネルギーに、依存します。
ピークの位置は、断熱イオン化エネルギー ( AIE )と振動エネルギーに、依存します。
断熱イオン化エネルギーは、基底状態とイオン化状態の、ポテンシャル面の極小値の、エネルギー差です。
振動状態は、振動の量子数を用いて、( n1, n2, n3,・・・, n3N-6 ) で、表現されます。
振動エネルギーは、振動の量子数と、基準振動数に、依存します。

ピークの間隔は、各々の振動状態間の、振動エネルギーの差に、相当します。
振動エネルギーの差は、基準振動数に、依存します。

ピークの高さは、基底状態のゼロ点振動状態から、イオン化状態の振動状態への、遷移確率に、依存します。
フランク-コンドン係数(FCF)は、遷移確率を表し、両状態の、振動の波動関数の重なりに、依存します。
FCFは、両状態の振動の波動関数の形状や、イオン化に伴う分子構造の変化に、依存します。

量的変化と質的変化の相関

光電子スペクトルは、分子のイオン化に伴い、電子状態と振動状態に、変化が生じる、現象です。
光電子スペクトルには、それらの、量的変化と質的変化の相関が、見出せます。

電子状態の変化に関して、以下の相関が、見出せます。
電子状態の変化(質的変化)を、紫外線(エネルギー)の吸収(量的変化)に、帰着できます。
イオン化の結節点は、断熱イオン化エネルギー ( AIE )、です。
電子波動関数状態の変化(質的変化)を、電子配置の変化(量的変化)に、帰着できます。
電子エネルギーの変化(量的変化)を、電子波動関数の変化(質的変化)に、帰着できます。
ポテンシャル面の形状の変化(質的変化)を、電子エネルギーの変化(量的変化)に、帰着できます。
分子構造の変化(量的変化)を、ポテンシャル面の極小値の変化(質的変化)に、帰着できます。

振動状態の変化に関して、以下の相関が、見出せます。
基準振動数の変化(量的変化)を、ポテンシャル面の形状の変化(質的変化)に、帰着できます。

光電子スペクトルは、イオン化の電子状態の相違に対応して、固有の形状を、有します。
また、光電子スペクトルのピークは、振動状態の変化に、関連します。
電子状態毎に異なる、光電子スペクトルの相違には、以下の相関が、見出せます。
スペクトルの形状の相違(質的相違)は、ピークの位置・間隔・高さの相違(量的相違)に、帰着できます。
ピーク位置の相違(量的相違)は、電子エネルギーと振動エネルギーの相違(量的相違)に、帰着できます。
ピーク間隔の相違(量的相違)は、基準振動数の相違(量的相違)に、帰着できます。
ピークの高さの相違(量的相違)は、振動波動関数の相違(質的相違)に、帰着できます。
また、ピークの高さの相違(量的相違)は、分子構造の変化の相違(量的相違)に、帰着できます。


補記

先に、分子式が異なれば、分子の性質が、異なることを、指摘しました。
例えば、分子式は、メタンが CH4、エチレンは C2H4、ベンゼンは C6H6 です。
沸点は、メタンが -162 ℃、エチレンは -103.7 ℃、ベンゼンは 80.1℃ です。

分子式が同じでも、分子の性質が、異なることがあります。
例えば、n-ブタンとiso-ブタンの分子は、いずれも、C4H10 です。
しかし、沸点が異なり、n-ブタンが -0.5℃、iso-ブタンは -11.7 ℃ です。
シス-1,2-ジクロロエチレンとトランス-1,2-ジクロロエチレンの分子式は、C2H2Cl2です。
沸点は、前者が 60.3℃、後者は 47.5 ℃ と、異なります。

同一の分子式の、n-ブタンとiso-ブタンは、分子構造が、異なります。
シス-1,2-ジクロロエチレンとトランス-1,2-ジクロロエチレンも、分子構造が、異なります。
分子構造の相違は、電子状態の相違に起因する、ポテンシャル面の性質に、依存します。

しかし、量的な区別(沸点)を、質的な区別(電子状態)に、帰着させうるかは、検討の余地があります。
分子の沸点は、物質の液体状態から、気体状態への変化に対応する、量です。
物質の液体状態から、気体状態への変化は、分子間の結合状態から、解離状態への、変化です。
分子間の結合状態の解明には、分子間の結合エネルギーの知見が、必要です。
分子間の結合エネルギーを、どのように、物質の沸点と相関させるかは、興味のある課題です。